三文批評
─ベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』
Seibun Satow
「『君は成功した。勝者だ』と言われるが、僕は常に負け犬の気分だ。薬を買う金がないだけで人々が死んでいく今の世界で、誰が勝者になれるというのだろう」。
ボノ
「私どもはこんな代物が何の値打ちもないことをよく承知しております(Nos haec novimus esse nihil)」。
ジョン・ゲイ
序幕 人間の置かれた状況のたよりなさについて
 ユルゲン・ハーバーマスは、『公共性の構造転換』の中で、一九世紀のヨーロッパにおいて、劇場にこそ公共性があり、民主主義があったと指摘している。彼にとって、公共性はコミュニケーションに基づいている。劇場で演劇や音楽を鑑賞する際、観客はそれに対し、喝采や非難を表明するが、そうした「観衆」の中に公開の場における自由な討論=コミュニケーションが確立していたのであって、それが近代民主主義である。劇場の民主主義は政府から独立して、政府を監視・批判する。けれども、一九二〇年代から始まる大衆社会の誕生と共に、劇場からコミュニケーションが失われ、この公共性は消えていったとハーバーマスは嘆いている。公共性がコミュニケーションだとすれば、それの欠如した行為は公共性とは言えない。
 喝采と非難が渦巻いた一つの頂点が、一九一三年五月二九日、パリのシュンゼリゼ劇場におけるイゴール・フェドロヴィチ・ストラヴィンスキーのバレー組曲『春の祭典−異教徒ロシアの音楽』の初演である。セルゲイ・パブロヴィチ・ディアギレフのバレエ・リュスの公演として行われ、振付はヴァーツラフ・フォミチ・ニジンスキー、オーケストラの指揮はピエール・モントゥーである。そのとき、サクラをしこんでいたせいもあって、観客は集団ヒステリー状態と化している。
 劇場はまるで地震で揺れているみたいだった。観客が罵り、怒号し、口笛を吹くので、音楽はまったく聞こえなかった。ひっぱたく音や、殴り合う音まで聞こえた。(略)ある婦人は隣のボックス席の男の顔をひっぱたき、ある二人の紳士は互いに決闘を申し込んだ。
(ジャン・lコクトー)
 『春の祭典』は、翌日の新聞で、「春の虐殺」とまで酷評されている。
 しかし、それは今や過去の光景である。大衆の時代の劇場には、かつての「観衆」はいない。客は舞台から一方的且つ無批判的にカタルシスを感じている。役者も演劇とはそんなものと疑いもしない。
 この変化を背景に、劇場型民主主義と言えば、メディアを通じて、メッセージ以上に、イメージに訴える軽薄な政治を指すようになっている。それは、センセーショナリズムを用いて、有権者にカタルシスを味合わせ、為政者は思うがまま権力を行使できる全体主義である。
 こうした劇場におけるカタルシスの支配に危機感を覚え、「異化効果(Verfremdungseffekt)」を提唱した一人の劇作家がいる。
 あれが、三文のベルトだよ!
第一幕 人間が日に日に非情になっていくので、それに対処するために文学者B・ブレヒトが書いた作品では、この世で極めつきの惨めな者たちが、日ごとに頑なになっていく人間のハートにさえ訴えかけるような扮装をあてがってもらっていた
アンドレア (大声で)英雄を持たぬ国は不幸だ!
(略)
ガリレイ ちがうぞ。英雄を必要とする国が不幸なのだ。
(ブレヒト『ガリレイの生涯』)。
 ベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht)ことオイゲン・ベルトルト・フリードリヒ・ブレヒト( Eugen Berthold Friedrich
Brecht)は、サミュエル・ベケットやアントナン・アルトーと並んで、二〇世紀最大の演劇の革命家である。ピーター・ブルックは「現代の最も有力で最も影響するところが大きくて最もラディカルである演劇人」と讃えている。
 ブレヒトはアリストテレス以来のカタルシス説を厳しく批判する。彼にとって、ナチズムはカタルシスの近代の到達点だからである。ブレヒトは、『男は男だ』で、平凡な男がカタルシスに満ちた集団の中で戦闘マシーンに変容していく過程を描いている。大衆を扇動するナチズムが支配的になっていく時代状況下、彼は、マルクス主義を参照し、観客が俳優や物語に感情移入するのを避け、劇の対象化を通して批判的に認識することを要求する手法を編み出していく。
 そのブレヒトの名を一躍有名にしたのが三幕の音楽劇『三文オペラ(Die Dreigroschenoper: The Threepenny Opera)』である。ブレヒトの作品の中で、作者自身を唖然とさせるほど、最も商業的に成功した作品であるが、後に知られる「異化効果」や「叙事的演劇」、「教育劇」、「社会的動作」など彼独自のタームはこの発表段階ではまだ考案されていない。けれども、それらは将来的な課題として潜在的に提起され、大衆の登場により変容していく劇場空間に対する大胆不敵な挑戦があり、後年のブレヒト演劇につながる新しさがそこには大いに見出せる。それは大衆社会におけるコミュニケーション=公共性の模索である。
 ブレヒトは、一九二八年、ベルリンのシッフバウアーダム劇場の新座主兼プロデューサーのヨーゼフ・アウフリヒトから杮落とし用に作品を依頼される。金が欲しかった彼は、実際には、ほとんど用意していない状態にもかかわらず、『乞食オペラ』の改作を執筆中だとプロデューサーをうまく丸めこむ。たまたま、前年に秘書のエリーザベト・ハウプトマンがロンドンでジョン・ゲイの『乞食オペラ』(一七二八)のリバイバル上演を観劇し、途中までドイツ語に翻訳していたのを思い出し、それを構想中のオペラとしてオーナーに見せたと推測されている。ブレヒトは、場面設定を一九世紀末のヴィクトリア朝のイギリスに移し、彼女とそれをモチーフにした作品を大急ぎで書き上げる。失敗した自作のセリフを使い回したり、気に食わなかったゲイの歌詞をすべてボツとし、フランソワ・ヴィヨンやラドヤード・キプリングの詩を引用したりなどして何とか体裁を整えている。さらに、無調音楽の作曲家クルト・ヴァイルを誘い、音楽をつけてもらっている。社会諷刺の演劇に興味があったヴァイルは、大道演歌の節回しに、幅広い音楽の知識を活用し、古典的なオペラからタンゴ、ジャズのパロディを作曲する。
 リハーサルに入っても、役が変わるわ、台本の変更はあるわ、役者が腹を立てるわ、演出家のエーリヒ・エンゲルは降板するわと難題山積で、関係者に気の休まる暇もない。彼らは精も根も尽き果てた状態でようやく初演にこぎつけている。ほとんどぶっつけ本番という有様で、これがヒットするなどと想像したものは誰一人としていない。
 このやっつけ仕事が一九二八年八月三一日に初演されると、辛辣な皮肉たっぷりでありながらも、魅惑溢れるエンターテインメント性により、ワイマール共和国の観客を魅了する。それは世界恐慌とナチスが台頭する前夜の出来事であることは寓意的である。谷川道子の『大衆の心をとらえた「新しさ」』によると、批評家は絶賛し、「マック・ザ・ナイフ」を筆頭に、劇中歌がレコード化されて、ラジオから流れ、街で口ずさまれている。一年のロングランを記録しただけでなく、三〇年までに一二〇を超す劇場で四〇〇〇回以上も上演される。その後、チューリヒやウィーン、モスクワ、ニューヨーク、東京、パリでも公演され、三一年、G・W・パプスト監督により最初の映画化が試みられている。
 『三文オペラ』の影響は、現在に至るまで、広範囲に及んでいる。一九三二年、武田麟太郎郎が、一九五九年には、開高健が『日本三文オペラ』をそれぞれ執筆している。また、「マック・ザ・ナイフ」は、ベトナム戦争時の国防長官ロバート・マクナマラのニックネームとなる。
 Neither conscience nor sanity itself
suggests that the 
(Robert S. McNamara)
 不協和音を多用するザ・ドアーズの曲には明らかにブレヒト=ヴァイルからのインスピレーションが見られる。中でも、『アラバマ・ソング』は聖書のパロディ劇『マハゴニー市の興亡』の劇中歌をモチーフにしている。
 シッフバウアーダム劇場は、一九五四年、ブレヒト作品の拠点として、「ベルリーナー・アンサンブル劇場」と改名している。
 「まず食べていけること。モラルはその後」と書いたということだけで私は文学史に残るだろう。
(ブレヒト)
 『三文オペラ』の筋は次の通りである。
 ロンドンの暗黒街ソーホーの盗賊団長の「匕首マック(マック・ザ・ナイフ)」ことメッキース(マクヒース)は残酷な悪事で恐れられている。本人は、表向きには、子分からの上納金で優雅に暮らし、金が貯まったら非合法でヤバイ強盗稼業から足を洗い、合法的に搾取できる銀行業に鞍替えするつもりでいる。おまけに、マックは警視総監タイガー・ブラウンと植民地軍時代の戦友で、お互いに助け合っている。また、乞食の王ピーチャムも、マック同様、子分のショバ代で食っている男だが、マックが彼の娘ポリーを攫って、貴族の馬小屋にしけこみ、結婚式を挙げると、激怒して彼を警察に訴える。さすがのブラウンも今度ばかりはマックを庇いきれず、逃走を勧める。
 マックはポリーに子分の面倒を任せて身を隠すが、木曜の夜に売春宿を訪れる習慣をやめられず、結局、昔自分がヒモであった娼婦のジェニーにチクられてパクられる。けれども、彼はブラウンの娘ルーシーをたらしこみ、その手引きでまんまと脱獄する。ブラウンは安堵するが、乞食の親玉ピーチャムに、マックを再逮捕しなければ、間近に迫った女王の戴冠式を乞食の大デモで台なしにすると脅す。仕方なく、ブラウンはマックを逮捕し、戴冠式の日の早朝に処刑すると決める。しかし、マックが絞首台に立ったとき、女王の使者が馬で登場し、彼を恩赦し、貴族にすると告げる。めでたし、めでたし。
 『三文オペラ』は内容として市民的発想を扱っているが、発想を描写することだけではなく、発想を描写する手法によっても市民的発想を扱っているのだ。このオペラは、観客が劇場でどういう人生を見たいと望んでいるかという問題についての一種のレポートである。だが、観客は同時に見たくないこともいくらかは見せられることになるから、つまり自分の見たいものが演じられるだけでなく、自分が見たいものに対する批判まで (自分が主体としてではなく容体として)見せられることになるから、原理上は劇場に新しい機能を与えることができるわけだ。しかし、劇場自体は自己の機能転換ということには激しく抵抗するものだから、観客のほうが、ただ劇場で上演されるという目的を追うだけでなく、劇場を変革するという目的をも追求しているようなドラマを、自ら劇場に不信の念を抱いて読んでみるのは有益なことである。今日では劇文学よりも劇場のほうが絶対に強い。この演劇機構の優位とは、生産手段の似伎ということに他ならない。演劇機構は自分が他の目的に機能転換させられないように抵抗する。その場合には、上演することになったドラマを、それが機構の中での異物のままでいないように作り替えてしまうという方法で抵抗する。ただし、ドラマが異物にならず処理できる部分はそのままにしておく。新しい劇作を正しく演ずるという必然性──これは劇作にとってよりも劇場にとってのほうが重要なのだが──は、劇場が何でもかんでも上前できてしまうという事実によって著しく弱められてしまう。劇場は一切のものを「劇場に取り込んで」しまうのだ。もちろん、劇場のこの優位性が経済的な根拠から来るのは自明のことである。
(ブレヒト『「三文オペラ」へのブレヒトの覚書』)
 泥棒に人殺し、乞食、娼婦といった裏の世界と警察などの表の世界がつながっている資本主義社会を諷刺している。登場人物は、そろいもそろって、ろくでなしで、観客が共感を覚えることはない。マックと結婚するポリーにしたところで、打算高く、旦那がトンずらこくと、代わりに盗賊団の姉御になっている。彼らは金と暴力しか信じられることができず、平気で人を裏切る。しかし、これはアーノルド・ロススタインやアル・カポネの生きる世界とさして違いはない。「一人、二人を殺せば、人殺しで、たくさん殺せば、英雄だ」や「進行強盗など、銀行設立に比べれば、子供騙しの仕事にすぎない」のセリフが示している通り、ブルジョアの手口の方が裏の住人より合法的な分だけ質が悪い。また、デウス・エクス・マキーナ(deus ex machina)の登場の如く、まったく理由のない強引なハッピー・エンドは、御都合主義的な劇やオペラの結末のパロディである。と、このように『三文オペラ』は一般的には理解されている。
 ピーチャム
 この世は貧しく、人間は悪
 残念だがその通り!
 三人全員
 ほんとうに残念だぜ(残念だわ)
 本当にいやだぜ(いやだわ)
 だからだめなのさ(だめなのよ)
 どうしようもないぜ(ないわ)。
第二幕 同じ作品、ブレヒトは出動の準備をしている。彼は悲惨さをデモンストレーションすることによって、劇的演劇をめちゃめちゃにしようと計画している
料理人 世の中なんてそんなものだけど、そうでなきゃならないというわけでもなかろうに。
(ブレヒト『肝っ玉おっ母とその子供たち』)
 『三文オペラ』には不自然さと唐突さ、強引さが溢れている。しかし、それは素朴なパロディではなく、弁証法的なパロディである。観客が抱く登場人物と舞台進行に対する予見可能な特徴を裏切る。それが「異化効果」である。
 ブレヒトは、一九三六 年以降、演劇をめぐる言説において、G・W・F・ヘーゲルに起源を持つ「異化」を用いている。舞台進行を驚くべきものにすることにより、観客の直観的感情移入や劇と現実との混同が妨げられる。
 『三文オペラ』には、後に「異化効果」に含まれるブレヒト特有の手法がすでに実行されている。緞帳を使わず、舞台の額縁の四分の三付近にケーブルを張り、お座なりな幕を吊るし、それを手動で左右に開閉している。初演の舞台美術監督カスパー・ネーアーにちなみ「ネーアー幕」と呼ばれる効果により、照明が丸見えとなり、雰囲気はぶち壊しになる。また、幻灯で字幕や文章、表を投影し、客の注意が役者や舞台進行に集中しすぎないようにしている。客は、それらを通じて、そこが劇場にすぎないことを再確認する。
 その異化効果は音楽において顕著である。『三文オペラ』では、音楽の果たす役割が極めて重要であり、たんにシナリオを読むだけでは不十分である。劇中歌の際には、特殊な照明で照らしたり、幕前で歌わせたり、奇妙な張物を下げるなど芝居との断絶を強調する。
 後に、ブレヒトは異化効果として筋を中断する間奏曲や歌だけでなく、後に起こる出来事を予想するプラカード、プロローグとエピローグ、観客に対するアナウンスメントによる注意、ジェスチャー、比喩、背景なども試みている。これらの効果の多くは東洋の演劇や中世の笑劇にすでに見られる。ブレヒトは、一九三五年、モスクワで観た中国の俳優梅蘭芳から刺激を受け、異化効果に関する多数の論文を書いている。
 テオドール・W・アドルノは「ベルクの『ヴォツェック』以降では私には『三文オペラ』が……音楽劇の最も重要な事件のように思われる。事実、真理によるオペラの再生とはたぶんこのように始まるのであろう」と賞賛する。『三文オペラ』はオペラでも、ミュージカルでもない。ブレヒトは従来のオペラやミュージカルの手法を批判している。感情の高ぶりから歌に転化するのは極めてカタルシス的だからである。ポリーがメッキ−スと結婚した理由をピーチャム夫妻に説明するシーンのはずなのに、既成の「バルバラ・ソング」を歌って寓話的に語っている。しかし、それは全然答えになっていない。
彼の前じゃ目を伏せて
しまうわたし。
月がきれいだったわ
ボートは繋いであったげど
でもだめだったのよ !
あんなにすぐ寝てしまったのよ
冷たくはできなかったわ。
いろいろされたけども
でも言えなかったの 「いや」って。
 音楽は、ラジオ番組において音楽が流れを一度とめるように、筋を中断する。それは劇に対する意見や批評、註釈でさえある。
 筋の中断──そのためにプレヒトは自分の演劇を叙事的と呼んだのだが──は、たえず観客のなかのイリュージョンをはばむ。すなわち、こうしたイリュージョンは、現実のなかにある諸要素を、実験の整理という観点でとりあつかおうとする演劇にとっては、まったくものの役にたたぬ。そして状況の提示は、この実験のはじめではなくおわりにある。それは、つねにさまざまな形で存在する、われわれ自身の状況である。が、その状況は、親しげに観客に近づいてくるのではなく、観客から離れたところにある。観客はそれを現実の状況として認識するが、それも自然主義の演劇のように自惚れによってではなく、おどろきによってだ。だから叙事的演劇は状況を再現するのではなく、むしろそれを発見する。この状況の発見を実現する手段が、劇の流れの中断である。ただここでいう中断は、魅力という特徴をもつのではなく、ある種の組織化の機能をもつ。それは、劇の流れのなかで筋の進行をとめることによって、観客にはできごとにたいする態度決定を、演技者には自分の役にたいする態度決定をせまる。一例をあげよう。ブレヒトの身ぶりの発見とその表現が、ラジオや映画で重視されるモンタージュの方法を、往々にして当世風の流儀でしかないものから人間的なことがらのなかにとりもどす作業にほかならない、ということがこの例からわかるだろう。──ある家庭内の場面を想像してほしい。ちょうど女房がブロンズをつかんで、娘に投げつけようとしている。親父はまさに窓をあけて、助けを呼ぼうとするところだ。この瞬間に、ひとりの他人があらわれる。事件が中断される。そこで、事件にかわって見えてくるものが、状況なのだ。いま、他人の限はその状況にそそがれる。とりみだした阪と顔、ひらいた窓、こわれた家共。しかし限がありさえすれば、今日の日常生活のもっとありふれた場面にしても、これとたいしてちがわない相貌をあらわすだろう。これが、叙事的な劇作家の限である。
(ヴァルター・ベンヤミン『生産者としての作家』)
 音楽の異化効果の点では、ヴァイルの貢献が大きい。彼の不協和音は、時に不吉で、時に安っぽく、時にユーモラスである。
 ヴァイルの音楽は、こんにち社会的・論争的な打撃力をもっている唯一のものである。そして、風が鋭いうなりをたてて吹きぬける。素直な風が。それをおしとどめる建物がなく、あたりの時間がまだ現実ではないところに、その風はある。「音楽愛好家向き」の歌手たつにしてみれば、ヴァイルは、せっかくの興味津々たる構想を、かれら自身の「民衆」のなかで、だいなしにしてしまったのだ。大砲のソングは、兵士は左にも住んでいること、だがそれはまともな兵士たちであることを、示した。そして海賊ジェニーは数瞬で、かつてのルイーゼ王妃と同じくらい民衆の心に近い存在となった。だれのヒット曲が、そして混ぜあわせる即興の悦楽が、いま力をもっているのかを、これほど明らかに示しているものはない。
(エルンスト・ブロッホ『三文オペラによせて』)
 ルイ・アルチュセールは、『「ピッコロ」、ベルトラッチーとブレヒト』において、ブレヒト劇の「中心」の不在を指摘している。この「中心」の欠如は異化効果から生じている。ブレヒトは従来の演劇形式を「劇的演劇の形式」と批判し、異化効果に立脚する自らが目指す演劇を「叙事的演劇の形式」と命名している。
| 劇的演劇の形式 | 叙事的演劇の形式 | 
| 行動的 | 叙述的 | 
| 観客を舞台上のアクシヨンに巻き込むが、観客の能動性を消滅させる | 観客を観察者にするが 観客の能動性を目覚めさせる | 
| 観客に感情を抱かせる | 観客に決断を求める | 
| 体験 | 世界観 | 
| 観客は何物かに引き込まれる | 観客は何物かに直面する | 
| 暗示 | 議論 | 
| 感情は保たれる | 駆り立てられて覚醒に至る感情 | 
| 観客は劇に入り込み、登場人物と体験を共にする | 観客は演じられているものに向き合い、学習する | 
| 登場人物は既知という前提である | 登場人物は研究の対象である | 
| 登場人物は不変 | 登場人物は変化可能であり変化する | 
| 結果を待ち受けるサスペンス | 過程に対するサスペンス | 
| 各場面は連続的 | 各場面は自立的 | 
| 成長 | モンタージュ | 
| 単純で直線的な進展 | 複雑で曲線的 | 
| 必然的な展開 | 突然の飛躍 | 
| 固定された人物 | プロセスとしての人物 | 
| 思考が存在を限定 | 社会的存在が思考を限定 | 
(ミハエル・トス『ブレヒト』)
 叙事的は、ブレヒトにとって、文学的ジャンルに限定されるわけではなく、物語に対する語り手の批判的態度を意昧する。語り手は話をし、筋立てについて批評するが、物語と一体にならない。それにより、読者や観客は批判的距離を保ちながら、作品世界を観察し、議論できる。ブレヒトはこれを「科学時代の演劇」と称している。異化は現代におけるコミュニケーション=公共性であり、真の劇場型民主主義であって、それを体現しているのが叙事的演劇にほかならない。主人公に感情移入するのではなく、その状況を弁証法的に思考する。俳優と観客の共犯関係はもうおしまいにしよう。彼は、一九二六年以降、自然主義的・表現主義的傾向と対比させつつ、叙事的演劇について展開していく。これからの演劇は現実に影響を及ぼす実銭的知識を伝え、唯物論的思想を教えなえればならない。そのためにも、異化効果は欠かせない。
 劇的演劇と叙事的演劇の特徴を比較すると、それぞれ線形と非線形に対応している。「単純で直線的な進展」な劇的演劇がカタルシス的な線形的であるとすれば、叙事的演劇は「複雑で曲線的」であり、異化効果的な非線形的演劇と言える。カタルシスに基づく演劇がまさに古代ギリシア以来蓄積されてきた線形的認識とパラレルに発展してきたのに対し、異化効果はそれでは把握できない非線形の顕在化と同じように出現している。非線形と叙事的演劇の関係についてはいまだ手つかずの状態であり、森毅が『非線形の世紀?』の中で二一世紀を(留保をつけつつも)「非線形の世紀」と言っているように、それは現代において考察されるべき課題である。
 二〇世紀は劇場ではなく、スタジアムの時代である。ブレヒトは、ボクサーのザムソン・ケルナーの伝記を書いたほど、スタジアムやリングで行われるスポーツ観戦に熱中している。ボクシングのようなスポーツに比べれば、演劇など金持ち相手の気の抜けた道楽にすぎない。ブレヒトはスタジアムの時代にふさわしい演劇として叙事的演劇を提唱する。
 一連の「教育劇」はこうした発想の延長上にある。そこでは、役者と観客の枠はとり払われ、社会的事象を観劇体験を通して学習する。劇場も不要である。芸術作品の商品性をパロディ化したり、芸術作品をたんなる消費される商品ではない。ブレヒトが共産主義青年同盟のアマチュア劇団のために書いた教育劇は、一九二〇年代のドイツとオーストリアで、労働者の主体的な自己教育と組織化の機会をもたらしているが、これは企業の新人研修に近いマルクス主義の感化活動と言うよりも、今日の心理学におけるロール・プレイングに相当する。詐欺の手口を知っておけば、だまされにくいものだ。ブレヒトの教育劇をロール・プレイングの観点から考察される余地を残している。教育劇を通じて、俳優=観客は自己に対する異化を行う。
 ロール・プレイングであるとすれば、社会的スキルないし社会的な型にはまった演技が要求される。ブレヒトがこよなく愛したチャーリー・チャップリンが『モダン・タイムス』で見せたのは、人間ではなく、資本主義における鋳型のような労働者である。こうした演技をブレヒトは「社会的動作」と呼ぶ。それは、駅員なら指さし確認をするように、個人が他者との関係の上で用いる動作や行動、しぐさ、表情、用語、イ ントネーションの総体であり、その人のパーソナリティや社会的地位を表象する。こうした演技はゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルやヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのオペラや東洋演劇に見られる。社会的動作は記号的な演技を意味する。演技は現実の再現ではなく、社会的な記号の表象である。
 飲み屋のジェニー
 何で生きるか?人間は他人を
 絶えず襲って絞めてバラして生きるのさ。
 これだけが生きる道
 これだけは、よく覚えとけ。
 合唱
 みんな自惚れちゃいけねえ。
 人間はみな悪で生きる!
 叙事詩的演劇も含め、ブレヒトは固定化されることに極めて慎重で、弁証法的に移動し続ける。それは彼の自分自身に対する異化効果にほかならない。
第三幕 所有をめぐる争い
 ピーチャム
観客の皆様。ついにこういうわけで
メッキース氏が絞首刑にされる場面となりました
なぜってキリスト教徒の世界では
どこでも人間は決してお目こぼしはしてもらえないからです。
しかし皆様がこの芝居でも
どうせ同じことだろうと思われぬために
当方はメッキース氏を絞首刑にせず
別の結末を考えることにしました。
皆様にはせめてオペラの中ぐらいは
正義より温情が通じるところを見ていただきたい。
そこで皆様のご期待に応えて
これから女王の馬上の使者を登場させます。
 『三文オペラ』が活字として出版されたのは、初演から年月が経った一九三一年である。その後、版によって記述が少なからず異なるというおよそ二〇世紀の作品とは思えない現状がある。
 しかも、ブレヒト作品の中で、『三文オペラ』以上に著作権の問題に振り回されているものはない。翻訳者の岩淵達治によると、『三文オペラ』の上演に際して、ベルリンの壁崩壊以前は、東ドイツの遺産継承委員会が西ドイツでの上映を認めなかったし、統一後でも、上映権所有者ズールカンプ社と音楽著作権所有者のクルト・ヴァイル財団の間で訴訟合戦が絶えない。おまけに、クルト・ヴァイル財団は曲の使用料を高く設定し、曲の音程を変えることを許可しない。俳優は四苦八苦して合わないキーの声で歌うか、セリフにしてしまうかということが少なくない。『三文オペラ』は、こうした状況により、その上演自体が三文芝居となっている。
 ブレヒトの生前においても、この傑作は著作権の問題に見舞われている。ブレヒトはヴィヨンやキプリングの詩の翻訳をそのまま使っているが、これに関しては脇が甘かったと言わざるをえない。K・L・アマーによるヴィヨン詩の翻訳を無断借用したせいで、新聞で謝罪した挙げ句、印税を二・五%支払い、和解している。その上、絶版状態のその訳詩集が再版され、この反ユダヤ主義者のために、序文を書くことになる。キプリングの訳詩の件では、幸いにも、翻訳したハンス・ライジンガーに打診していたおかげで、事なきをえている。
 著作権をめぐる問題は、『三文オペラ』が極めて二〇世紀的な創作の方法、すなわち集団的匿名に起因する点も少なくない。「嫉妬のデュエット」の二番をウィーンの著名な諷刺作家カール・クラウスが作詞しているように、これは集団的匿名の作品であり、古典的な意味でのオリジナリティは成り立たない。ブレヒトは才能に恵まれた一人の天才が芸術を生み出すという説を否定し、集団的匿名によって作品を制作する。トーマス・エジソンさながらに、何人かの協力者と共に、いくつかのプロジェクトを同時進行させる。ところが、ジョン・ヒューギーは、一九九四年、『ブレヒトの生活と虚偽』において、ブレヒトの作品の大半が周囲の協力者に負っていると暴露している。ブレヒトは協力者の研究成果を独り占めにして、一九五二年にノーベル医学・生理賞を受賞したセルマン・A・ワクスマンだというわけだ。確かに、『ハッピー・エンド』に関しては、台本はエリーザベト・ハウプトマンが執筆し、歌詞だけブレヒトが書いたというのが定説になっているが、ヒューギーの説は信憑性に乏しいとされている。プライオリティ探しに躍起となるより、ブレヒトの創作における集団的匿名性の新しさを見るべきだろう。
合唱
聞け、誰か来る!
女王の使者だぞ、馬にまたがって!
ブラウン 戴冠式のこの佳き日に女王陛下はメッキースを恩赦された。(一同、歓声をあげる)彼を貴族となし──(歓声)──マーマレルの城館と年金一万ポンドを与えよと命ぜられ、新婚の夫婦に女王は有難き祝辞を賜わった。
マック 助かった、助かった!わかっていたさ。危険が迫りゃ救いも近い。
ポリー 助かった、愛しのメッキースは助かった。幸せよ。
ピーチャム夫人 これで一切ハッピー・エンド。人生はこんなに簡単。女王様が救いの手をのべりゃ。
ピーチャム だから、すべてあるがままにしておこう。そして、うたおう、今お見せした貧乏人の歌を。本当の世界では、救いの神は来ない。ひどい末路だぜ。踏みつけあうのがオチさ。だからあまり不正を追求するな。
全員
不正をあまり追求するな
この世の冷たさに遭えば
不正もやがて凍りつくさ
考えろ、この世の冷たさを。
 集団的匿名性同様、従来、ブレヒトの演劇はかなり詳細に論じられてきたものの、「三文性」はあまり省みられていない。ブレヒトにとって、三文性は極めて重要である。『三文オペラ』から派生した『三文小説』や『三文裁判』など執筆しているけれども、彼は知名度を獲得する以前から三文性をとりあげている。一九二七年、ブレヒトは文芸誌が募集した懸賞抒情詩の審査員を務めていたが、感傷や欺瞞、世間知らずというカタルシス的姿勢に辟易とし、『でかした、鉄の男』に賞を与えている。それはスポーツ新聞に掲載された自転車競技のチャンピオンを讃えるグリーティング・カードのメッセージである。ブレヒトの三文性はベンヤミンの「アウラ」の消滅に対応する異化効果である。
 三文性は、近年、ブレヒトから影響を受けていないと思われる映画人たちによって認められ始めている。東西冷戦構造が崩壊し、ナショナリズムや原理主義が世界を席巻するカタルシスの時代が到来する。その状況に対する異化効果として三文性が用いられるようになっている。クエンティン・タランティーノは『パルプ・フィクション』という文字通り三文性を強調した映画を撮っているし、ロバート・ロドリゲスはロード・ムービーとヴァンパイアという不思議なコンビネーションの映画『フロム・ダスク・ティル・ドーン』を発表している。また、ティム・バートンは「史上最低の映画監督」エド・ウッドをめぐる『エド・ウッド』を彼の映画のスタイルを援用して製作している。マイケル・ムーアに至っては、『華氏911』において、ウサマ・ビン・ラディンとジョージ・W・ブッシュ政権との『三文オペラ』まがいの関係を描いている。ブレヒトの作品には娯楽性があるのに対し、彼の後継者たちからはそれが失われているケースが少なくない。他方、これらの映画人は、ブレヒトと同じように、高いエンターテインメント性を保持している。ポストモダン以降、一元的アイデンティティの不在に伴い、カタルシスが復活したため、ブレヒトを意識していなくとも、三文性が感情移入を妨げる異化効果として注目されたのである。
 これまで述べてきた定義づけの試みは、もっとうまく提出されるべき課題にほかならないが、最後に、いまいちど立ちかえると、観客の意識は戯曲それ自体であることが明白になるだろう。── それは、飢容を前もって戯曲と結合させる内容、そして戯曲そのものにおけるこの内容の生成、つまり、戯曲が例の自己認知──その姿とその存在は戯曲にあるが──のあとに生みだす新しい結巣、そうしたもののほかには、観客が意識をもたないという本質的な理由にもとづくのである。ブレヒトは正しかった。つまり、演劇というものが、自己のあの不動の認知‐非認知にかんする、「弁証法的」でさえある注釈である、ということ以外の目的をもたないとすると、──あらかじめ観客は音楽を知っていることになる。それは観客の音楽なのだから。反対に演劇があのおかすことのできぬ姿をゆり動かすこと、人をまどわす意識という空想的世界のあの不動の領域たる動かざるものを動かすことを目的とする場合、戯曲はまさしく観客における新しい意識の形成と生産、──あらゆる意識と同様に未完成ではあるけれども、あの未完成そのもの、あの距離の征服、あの無尽械の現実的な批評行為によって動かされる、意識の生産と形成なのである。しかも戯曲はまさしく、新しい観客、つまり芝居が終わるとき演じはじめ、芝居を完成させるためにのみ──ただし実人生においてだが──演じはじめる俳優をつくりだすものなのである。
(ルイ・アルチュセール『「ピッコロ」、ベルトラッチーとブレヒト』)
 『三文オペラ』はブルジョア批判のモダニズム芸術の一種として登場したが、ポストモダン以降の芸術のプロトタイプと言ってよい。モダニズム芸術には奇抜さや難解さが見られ、似非知識人ならびに新聞やラジオといったメディアがその意味を解説しなければならない。ところが、文化産業が発達するにつれ、モダニズム芸術をブルジョア的あるいは退廃的と糾弾する全体主義的な当局同様、彼らは、次第に、検閲者と化す。芸術家は文化産業の下請けであり、芸術家自身も自粛し、産業における役割を果たそうとする。その結果、形骸化した芸術が生産されてしまう。それはソフトな全体主義とも言うべき商業主義体制における芸術の運命である。しかし、三文性を帯びた作品であれば、似非知識人やメディアの解説を必要としない。三文性はお約束事である。それはカタルシスを拒み、笑いを喚起させる。マッカーシズムの嵐が吹き荒れた一九五〇年代、三文性を前面に押し出したポップ・アートが勃興したのも、そのためである。極端な商業主義に抵抗し、オルタネイティヴたらんとすれば、『三文オペラ』に近接せざるをえない。九・一一以降のメディアが自粛に走り、ネオ・マッカーシズムが渦巻く世界において芸術表現をしようとするなら、なおのことそうであろう。
 演劇は楽しみ以外の自己証明を必要としないが、楽しみを絶対に必要とする。演劇は、弱い(単純な)喜びと強い(複雑な)喜びを与えることができる。後者は、偉大な劇作品に見られる。性行為が愛の歓びのうちに絶頂に達するのと同じように喜びが頂点に達するのだ。それらの喜びはさまざまに枝分かれし、瞑想により豊かに、より矛盾を秘め、結果も豊かである。演劇は観客を驚かせなければならないが、これはありふれた事柄を異化する技術によって行われる。このような技術は演劇が弁証法的唯物論を利用することを可能にする。弁証法的唯物論では物は物の形が変わり、物自体と調和しない場合にのみ存在する。これは、人間の社会生活の表現手段である感情、態度、意見にも同様に当てはまる。
(ブレヒト『演劇のための小思考原理』)
 そうした三文性のいきつくところは、先に挙げた映画が示している通り、茶番性である。三文性は茶番の意義を再認識させる。茶番はカタルシスを引き起こさない。『三文オペラ』のみならず、ブレヒトの多くの作品に茶番嗜好が見られる。ブレヒトは、『三文オペラ』以上の情熱を傾けて、連作劇『第三帝国の恐怖と悲惨』の中でナチ政権下のプチブルが恐怖に怯えて生活している様子を描いているが、そこで寄席風の安っぽいコントなどの手法を用いている。ブレヒトの演劇理論を最も具現しているのは茶番であって、『三文オペラ』はそれが最初に顕在化した作品にほかならない。「でも今日のところは もう面倒だから これでやめておこう どうか俺を許せ ただでかいハンマーで 面を引っぱたけ 後は忘れてやる 俺も許してもらおう」(「メッキースがすべての人に許しを乞うバラード」)。
 正しい道化は人間の存在自体が孕んでいる不合理や矛盾の肯定からはじまる。警視総監が泥棒であっても、それを否定し揶揄するのではなく、そのような不合理自体を合理化しきれないゆえに、肯定し、丸呑みにし、笑いという豪華な魔術によって、有耶無耶のうちにそっくり昇天させようというのである。合理の世界が散々もてあました不合理を、もはや精根つきはてたので、突然不合理のまま丸呑みにして、笑いとばして了おうというわけである。
 だから道化の本来は合理精神の休息だ。そこまでは合理の法でどうにか捌きがついてきた。ここから先は、もう、どうにもならぬ。──という、ようやっと持ちこたえてきた合理精神の歯を食いしばった渋面が、笑いの国では、突然赤襌ひとつになって裸踊りをしているようなものである。それゆえ、笑いの高さと深さとは、笑いの直前まで、合理精神が不合理を合理化しようとしてどこまで努力してきたか、そうして、到頭、どの点で兜を脱いで投げ出してしまったかという程度による。
 だから道化は戦い破れた合理精神が、完全に不合理を肯定したときである。即ち、ごうり精神の悪戦苦闘を経験したことのない超人と、合理精神の悪戦苦闘に疲れ乍らも決して休息を欲しない超人だけが、道化の笑いに鼻もひっかけずに済まされるのだ。道化はいつもその一歩手前のところまでは笑っていない。そこまでは合理の国で悪戦苦闘していたのである。突然ほうりだしたのだ。むしゃくしゃして、原料のまま、不合理を突きだしたのである。
 道化は昨日は笑っていない。そうして、明日は笑っていない。一秒さきも一秒あとも、もう笑っていないが、道化芝居のあいだだけは、笑いのほかには何もない。涙もないし、揶揄もないし、凄味などというものもないし、裏に物を企んでいる大それた魂胆は微塵もないのだ。ひそかに裏に諷しているしみったれた精神もない。だから道化は純粋な休みの時間だ。昨日まで営々と貯めこんだ百万円を、突然バラまいてしまう時である。惜しげもなく底をはたく時である。
 道化は浪費であるけれども、一秒さきまで営々と貯めこんできた努力のあとであることを忘れてはならない。甚しく勤勉な貯金家が、エイとばかり矢庭に金庫を蹴とばして、札束をポケットというポケットへねじこみ、血走った眼付をして街へ飛びだしたかと思うと疾風のようにみんな使って、元も子もなくなってしまったのである。
 道化の国では、ビールよし、シャンパンよし、おしるこもよし、巴里の女でもアルジェリアの女でもなんでもいい。使い果たしてしまうまで選り好みなしにO・Kだ。否定の精神がないのである。すべてがそっくり肯定されているばかり。泥棒も悪くないし、聖人も善くはない。学者は学問を知らず、裏長屋の熊さんも学者と同じ程度には物識りだ。即ち泥棒も牧師くらい善人なら、牧師も泥棒くらい悪人なのである。善玉悪玉の批判はない。人格の矛盾撞着がそっくりそのまま肯定されているばかり。どこまで行っても、ただ肯定があるばかり。
 道化の作者は誰にも贔屓も同情もしない。また誰を憎むということもない。只肯定する以外には何等の感傷もない木像なのである。憐れな孤児にも同情しないし、無実の罪人もいたわらない。ふられる奴にも助太刀しないし、貧乏な奴に一文もやらない。ふられる奴は散々ふられるばかりだし、みなしごは伯母さんに殴られ通しだ。そうかと思うと、ふられた奴が恋仇の結婚式で祝辞をのべ、死んだ奴が花束の下から首を起こして突然棺桶をねぎりだす。別段死者や恋仇をいたわる精神があるわけじゃない。万事万端ただ森羅万象の肯定以外に何もない。どのような不合理も矛盾もただ肯定の一手である。解決もなく、解釈もない。解決や解釈で間に合うなら、笑いの国のお世話にはならなかった筈なのである。(略)
 一言にして僕の笑いの精神を表わすようなものを探せば、「近松の音は、ざざんさあ」という太郎冠者がくすねた酒に酔っぱらい、おきまりに唄いだすはやしの文句でも引くことにしようか。「橋の下の菖蒲は誰が植えたしょうぶぞ。ぽろおんぽろおん」という山伏のおきまりの祈りの文句にでもしようか。それ自体が不合理だ。人を納得させもしないし、偉くもない。ただゲタゲタと笑うがいいのだ。一秒さきと一秒あとに笑わなければいいのである。そのときは、笑ったことも忘れるがいい。そんなにいつまでも笑いつづけていられるものじゃないことは分かりきっているのである。
(坂口安吾『茶番に寄せて』)
〈了〉